俳句クラブ

第24回投稿作品(2018年5月28日〜2018年7月1日)

【最優秀句】白薔薇へテノール美しき喉仏 投稿者:じゃすみん
 薔薇園の光景なのでしょう。見事に咲きそろった薔薇園の中で一際光彩を放っている白薔薇。その様を愛でているのでしょう。薔薇の名呼ぶ声は美しいテノール。まるでシューベルトの歌曲を唄うかのような澄み渡る声が薔薇の花へと響いているのです。
 それを囲む作者や他の人たちは薔薇を愛でつつ、その声に聞き惚れる、至極の一時。薔薇の美しさに優るとも劣らない美声に酔うのです。
その声の主に視線を移してゆくと喉仏に眼がとまった。声を発するたびに喉仏が声と呼応するように美しい曲線を描きながら上下しています。
 おそらく女性の名であろう薔薇の名前が呼ばれるたびに、それは愛の告白のように甘やかに響いているのです。テノールの軽やかさも白薔薇に似合っています。さて、次はどの薔薇に足を止めるのでしょうか。
【優秀句】砂日傘わがままさうな脚ばかり 投稿者:きゅうもん
 砂浜に並ぶパラソル。その下では女たちが海に入るのでもなく、お喋りに明け暮れるのでしょうか。時に、飲み物を男たちに運ばせては過ごす時間かも知れません。顔は見えないけれど伸びやかな足だけが海へと伸びている光景でしょう。その足はまさに「わがまま」そうな時間と空間を象徴しているのです。外国のリゾートの一日でしょうか。
【優秀句】ぼうふらの浮力わたしはカナヅチだ 投稿者:ポンタロウ
 ぼうふらをぼんやりと見ているのでしょう。観察するという程のことでもなく。あのフワフワとした動きに眼をとめているとぼうふらの浮力が気になり始めるのです。ぼうふらは人の眼など関係なく、ただフワフワ。それに比べてと気になり出す我が身。ぼうふらさえフワフワとまるで宇宙遊泳するように泳ぐのに私はカナヅチ。客観視するユーモアです。
【優秀句】一人称変えられなくて青トマト 投稿者:次郎の飼い主
 一人称、「私」「僕」「我」「拙者」「ミーちゃん」何と呼んでも「私」は「私」。長年呼び慣れた自分への呼称に、ふと疑問を抱く一瞬。しかし、呼び慣れた自分の呼称がすなわち自分自身でもある。そんなことを考えていると見えてくる現在の自分自身。そうだ青いトマトだ。まだ自分は熟していないトマトだ。赤くなったときはどう自分を呼ぶのだろうか。

【佳作】

 

 

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