文楽の若き担い手、人形遣いの吉田玉勢。 太夫の竹本小住太夫。三味線の鶴澤寛太郎。 三人を通して、大阪が世界に誇る伝統芸能「文楽」の魅力を紹介する。

人形遣いには「三人遣い」という、三人で一体の人形を動かす操法がある。その中でも「左遣い」と呼ばれる人形の左手の操作を受け持つ役を担っている吉田玉勢が直々に普段目にすることのない劇場の裏側を案内。三位一体で紡がれる人形遣いの魅力、そして文楽の魅力を語る。

今年四月に人間国宝であり師匠でもある竹本住太夫師を亡くした小住太夫。また、九月に同じく人間国宝であり師匠でもある鶴澤寛治師を亡くした寛太郎。取材班は二人の稽古に密着。伝統芸の継承の大切さ、難しさを伝えていく。

吉田玉勢 人形遣い

1973年3月18日、
兵庫県淡路市で3人兄弟末っ子として生まれる。

父の趣味が狂言、母が地唄三味線をやっていた影響で
小学校2年から三味線をやっていた。
中学校2年の時、母がやっていたうどん屋に
巡業中の人形遣いの技芸員が来店したのをきっかけに
文楽に興味を持つ。
中学校卒業後、研修生に。
平成2年4月に初代吉田玉男師に入門。

竹本小住太夫 太夫

1988年3月2日生まれで福岡出身。福岡大在学中、博多座(福岡市)で初めて師の舞台に触れた。登場した瞬間に劇場を支配するオーラに圧倒されたと振り返る。熱烈なファンになり、熱が高じて弟子入りを志願したが、住太夫は自身の高齢を理由に断られる。それでも食い下がり、「あかんかったら九州帰れよ」と苦笑され、2010年に入門を許された。

鶴澤寛太郎 三味線

1987年6月18日生まれ。寛太郎さんは6歳の頃から弟2人と共にお琴を習う。小学校4年で文楽をやりたいと祖父で人間国宝の鶴澤寛治さんに宣言。小学校5年で三味線を習い、小学校6年で鶴澤寛太郎の名前を得る。