| フォーラム | |
|
8/8
( 土
) 10:20~11:50 ( 90分 ) |
|
|
8/8
( 土
) 13:00~14:30 ( 90分 ) |
|
|
8/9
( 日
) 15:10~16:40 ( 90分 ) |
千田 嘉博
氏
( 名古屋市立大学高等教育院 教授、 奈良大学 特別教授 ) 中西 裕樹 氏 ( 京都先端科学大学 全学共通教育機構 特任准教授 ) 天野 忠幸 氏 ( 天理大学 人文学部 歴史文化学科 教授 ) 飛鳥井 拓 氏 ( 奈良市教育委員会 文化財課 学芸員 ) 進 行 : 北川 央 氏 ( 九度山・真田ミュージアム 名誉館長 )
豊臣秀吉は政権の本拠地を大坂城、ついで京都の聚楽第、さらに伏見城へと移しました。そして、周辺には弟豊臣秀長の和歌山城・大和郡山城、甥豊臣秀次の八幡山城、甥秀勝(小吉)の亀山城を配しました。このフォーラムでは、それぞれの城の歴史や構造上の特徴、またそれらの城を配置した意味などについて考えます。
|
| セミナー | |
|
8/9
( 日
) 11:30~13:00 ( 90分 ) |
秀吉は数多くの城攻めを、弟の秀長とともに行いました。城壁を強行突破して敵の城を攻める「力攻め」は、すばやく城を落とす戦法でしたが、自軍の被害は甚大で持続不可能でした。そこで秀吉は自軍の被害を最小にして、勝ち続ける持続可能な戦い方として、陣城による長城包囲陣を完成させました。最新の成果から、秀吉の陣城の歴史的意味を読み解きます。
|