光は、夫・黒田官兵衛の死後、報土寺に塔頭 「照福院」を黒田家の菩提寺として建立し、夫の菩提を弔った。過去帳には、黒田家の人々がしばしば訪れたと伝わっている。報土寺に残る光の墓は、「生きて家を守り、死してなお家を支える」一人の女性の生き方を静かに物語っている。知略で名を残した軍師の妻として、黒田家を照らし続けた“光” らしい墓だ。
幽閉から解放された官兵衛は、後遺症により身体の自由を失っていた。光は、その夫を献身的に支えた。 また、嫡男・松寿丸(のちの長政)が生きていたのは、竹中半兵衛が密かに匿っていたためだった。光は、その恩を生涯忘れなかったという。長政は黒田藩の初代藩主となり、光は「藩の母」として深く敬愛されていく。
「先祖を祀る」ことは、長い歴史の中で連綿と受け継がれてきた祈りの“かたち”。season11では 原始信仰に近い先祖崇拝から江戸時代に「家族墓」に変遷していく日本のお墓の歴史を紐解いていきます。
江戸時代に入ると、墓は大きな変化を遂げる。個人を祀るものが、ある“きっかけ”から、夫婦墓や︎先祖代々墓など家全体を祀るものへと変化する。墓域は次第に「家の区画」として意識され、実際に会ったことのある祖父母だけでなく、その前の世代も「先祖」として祀られるようになる。こうして生まれた「先祖代々の墓」という祈りの形は、時代を越え、現代まで受け継がれている。

カジポン・マルコ・残月さんのように、歴史上の偉人の墓を巡り、故人に想いを馳せる人。カジポンさんは37年間で101カ国、2520人もの偉人のお墓を訪ねた筋金入りの墓マイラー
墓マイラー、カジポンさんの独特のお参り方法。墓に直接触れ、偉人に感謝を伝えるソウルトーク。「海外ではめちゃくちゃ不審者扱いされるんですよ〜」というカジポンさん。カタコト英語で理由を伝えると理解してくるそうですが、結婚して子供が生まれてからは怪しまれないように「家族同伴」で行くそうです。
今回は、あの軍師・黒田官兵衛の妻として、黒田家を守った「光」のお墓で、何を伝えるのでしょうか。
でも、この写真だけを切り取ると
確かに「不審者」にしか見えない!?
歴史ファンの中野信子先生も、特にその行動原理が知りたいとソウルトークに挑戦!?どんな答えが!?