お初は夫の死後、剃髪して常高院と号し、若狭小浜の地に常高寺を建立した。この場所は、お初が若狭一国を拝領した夫・高次と共に過ごした思い出の地。夫への深い追善の祈りが込められている。
京極家の江戸屋敷で亡くなったお初の遺骸は、木曽路を越え常高寺に運ばれ、葬儀が行われた。義理の息子で当主の忠高が自ら棺桶を担ぎ、家臣もことごとく葬列に参加したという。
お初の墓は、高さ約4mの越前式宝篋印塔。その周囲には、侍女や尼僧たち七人の墓が取り囲むように配置されている。
まるで生前と同じように、お初を中心に女房衆が集い、家を守るために支え合っているかのようだ。この墓の姿から、お初が生涯をかけて守ろうとしたものが、“個人の生”ではなく“家と人のつながり”であったことが、静かに伝わってくる。
「先祖を祀る」ことは、長い歴史の中で連綿と受け継がれてきた祈りの“かたち”。season11では 原始信仰に近い先祖崇拝から江戸時代に「家族墓」に変遷していく日本のお墓の歴史を紐解いていきます。
一番大きな五輪塔は、この地を拓いた始祖のもの※文亀3年(1501年) 。子や孫たちも始祖にあやかり、小さめの五輪塔を刻み続け、約150年間 五世代にわたり、始祖の顔を知らぬ世代も始祖を敬う思いが形となった庶民の墓。先祖代々の墓ができる“きっかけ”のようなお墓で、庶民たちも血縁こそが一族を守る力となった時代の“静かな祈り”を今に伝えている。

カジポン・マルコ・残月さんのように、歴史上の偉人の墓を巡り、故人に想いを馳せる人。カジポンさんは37年間で101カ国、2520人もの偉人のお墓を訪ねた筋金入りの墓マイラー
墓マイラー、カジポンさんの独特のお参り方法。墓に直接触れ、偉人に感謝を伝えるソウルトーク。「海外ではめちゃくちゃ不審者扱いされるんですよ〜」というカジポンさん。カタコト英語で理由を伝えると理解してくるそうですが、結婚して子供が生まれてからは怪しまれないように「家族同伴」で行くそうです。
今回は浅井三姉妹の次女・お初のお墓に、何を伝えるのでしょうか。
でも、この写真だけを切り取ると
ホントに「不審者」にしか見えない!?
歴史ファンの中野信子先生も、特にその行動原理が知りたいとソウルトークに挑戦!?どんな答えが!?