第447回「登封・少林寺<3>」
~もう一つの天文観測所~

2017年4月20日(木)放送

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周公旦が「天地の中心」を知るために作った「周公測景台」から20メートルほどの場所に、「観星台」というもう一つの天文台がある。元王朝時代の1279年に作られた。これを作ったのは、天文学者の郭守敬。彼は中国全土に観測所を設け、1年の長さを365.2425日と計算した。現代の科学的な計測との誤差は何とわずか26秒であった。

第446回「登封・少林寺<2>」
~天地の中心にある「天文台」~

2017年4月13日(木)放送

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この地が「天地の中心」とされたのは、嵩山にある世界遺産の一つ「周公測景台」を作った周公旦という人物に由来する。周は当時の都・鎬京から、中原の中心地で商業の発展した洛陽に遷都しようしていた。ところが反対者が続出。そこで周公旦は、測景台を使って「天地の中心」を見つけ出し、洛陽こそ「天地の中心」に近いと主張。反対者を説得したのである。

第445回「登封・少林寺<1>」
~嵩山に点在する歴史遺産~

2017年4月6日(木)放送

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その遺産は「天地の中心」に築かれた歴史的建築。 この地を敬う多くの人と文化が集まってきた。禅宗の発祥の地にして武術の総本山、少林寺。道教の寺院であり“小故宮”とも呼ばれる中岳廟。儒教の講義が行われた中国四大書院の一つ、嵩陽書院。中国に現存する最も古いレンガ塔、嵩岳寺塔。これらは皆、嵩山を中心に存在している。世界文化遺産「河南登封の文化財"天地之中"」。

第444回「莫高窟<20>」
~莫高窟と王円籙の物語~

2017年3月30日(木)放送

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明時代、敦煌が関の外に置かれたことを機に、莫高窟は人々から忘れ去られていった。再び脚光を浴びたのは、王円籙が石窟内で夥しい数の古文書を発見した西暦1900年。敦煌には世界中から考古学探検隊が押し寄せ、多くの塑像、壁画、文書が世界に散逸した。それらはのちの歴史文化の研究を大きく発展させる。彼の死後、弟子たちはその人柄と業績を称え塔を建立した。

第443回「莫高窟<19>」
~幻の寺が描かれた壁画~

2017年3月23日(木)放送

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10世紀に作られた第61窟には中国仏教の三大霊場の一つ、五台山が描かれている。1937年、梁思成(りょうしせい)という建築家がここを訪れた。長年山西省にある五台山を訪ね、実在すると言われてきた「仏光寺」を探していた彼は、莫高窟の五台山図を見て驚愕する。なんとその仏光寺の場所が記されているではないか!梁思成はこの壁画を頼りについに仏光寺を発見したのである。

第442回「莫高窟<18>」
~莫高窟を作った楽僔~

2017年3月16日(木)放送

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1600年前、莫高窟のある場所は南北に1キロほど伸びる断崖だった。最初の石窟が掘られたのは五胡十六国時代。当時、敦煌には多くの人が行き交い、その中には僧侶の姿もあった。366年、楽僔(らくそん)という行脚僧がこの地にただならぬものを感じ、山に向かう断崖に石窟を掘った。莫高窟の名は後の人々が楽僔を称えた言葉が由来である。「この僧より高き者は莫し」。

第441回「莫高窟<17>」
~敦煌の繁栄を導いた武帝~

2017年3月9日(木)放送

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シルクロードを通じて西方から様々な文化がもたらされた敦煌。そのきっかけを作ったのが、前漢王朝最大の版図を築いた武帝である。武帝はその足がかりとして張騫(ちょうけん)という若者を西方へ送り出し、シルクロードを15年歩き続けた張騫は西の諸国の情報を都にもたらした。武帝はさらに大軍を派兵してこの地方を安定させた。これがのちの仏教芸術の開花へと繋がった。

第440回「莫高窟<16>」
~砂上の美術館~

2017年3月2日(木)放送

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甘粛省敦煌市の南東25キロ。道士の王円籙(おうえんろく)がその地に来たのは1897年だった。3年後、王道士は北京へ上奏文を送る。「突然岩肌が崩れましたので、鋤を手にして掘っておりましたところ、数えきれぬほどの量の古いお経を納めた洞窟が現れたのでございます。」その発見は、深い眠りについていた大いなる遺産を目覚めさせることとなる。物語は終わらない。世界文化遺産「莫高窟(ばっこうくつ)」。

第439回「三江併流<16>」
~“遺伝子のプール”三江併流~

2017年2月23日(木)放送

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三江併流の独特の地形は多くの固有の動植物を育んできた。この地域は氷河に覆われなかったため、ユーラシア大陸の生物にとって、南北の主要な移動ルートとなり避難場所ともなった。ここでは中国に生息する動物の25%以上が確認されており、野生動物77種と野生植物24種が国の保護対象となっている。三江併流はまさに、“世界の生物の遺伝子プール”なのである。

第438回「三江併流<15>」
~リス族の食文化~

2017年2月16日(木)放送

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この地で最も人口が多い民族、リス族の生活には漆の木は欠かせない。中国特有の漆で実を搾ると食用油が採れるのである。種を粉末にして鉄の鍋で煎る。それを袋の中にいれ、テコの要領で圧搾すると油が滲み出てくる。漆油で炒めた豚肉を米と一緒に手づかみで食べる手抓飯(しゅそうはん)は、リス族の宴の席で振る舞われる彼らのご馳走である。