第452回「九寨溝<13>」
~五花海の下流にある絶景~

2017年5月25日(木)放送

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東西2つのルートのうち、西のルートを北へと下っていく旅もいよいよ終盤。激しかった水の流れは、やがて静かな湖へと流れこむ。さざなみひとつ立てぬ「鏡海」。さらにその先に見えてくるのは豪快な滝「諾日朗瀑布」。ダイナミックな水の躍動と、静けさが共存する場所。それが九寨溝である。

第451回「九寨溝<12>」
~五花海の水源を探る~

2017年5月18日(木)放送

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冬でも凍てつかず、干ばつでも干上がることがない、不思議の湖「五花海」。その秘密は、湖底から吹き出す“湧き水”だった。だがこの水は、一体どこから来るのか。九寨溝の東のルートにある「長海」。実はこの湖は、水が流れ出す場所がない。長海と五花海は20キロ離れているが、もしかして地下で繋がっているのではないか。

第450回「九寨溝<11>」
~枯れることのない五花海の謎~

2017年5月11日(木)放送

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南から北へと流れる逆さY字型の九寨溝は、東西2つの水源に端を発している。西の水源から北へ進んでいくと、「五花海」という湖がある。この五花海は、奇妙なことに、冬でも凍りつくことがなく、旱魃の際にも豊かな水を湛えていたという。その謎を探るべく、四川省の地質調査隊とともに、五花海の湖底へ潜った。

第449回「九寨溝<10>」
~世にも美しき水の絶景~

2017年5月4日(木)放送

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四川省北部にある岷山山脈。4000メートル級の山が連なるこの地には、世にも美しき水の絶景がある。108つの湖からなる九寨溝である。九寨溝は岷山山脈の2つの水源から北へ流れ、それが途中で交わる、逆さY字型をしている。今回は西のルートをたどる旅。世界自然遺産「九寨溝」。

第448回「登封・少林寺<4>」
~少林寺~

2017年4月27日(木)放送

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嵩山の麓にある遺産の対象となった建築物のうち、最も有名なのは「少林寺」であろう。5世紀末に作られた嵩山少林寺。527年、一人の僧がインドからこの地へやって来る。誰あろう、達磨大師である。達磨は洞窟で座禅を組み、悟りを得た後、禅宗を開いた。少林寺は禅宗発祥の地とされている。一説に、拳法を少林寺に伝えたのも達磨といわれるが、これは伝説の域を出ない。

第447回「登封・少林寺<3>」
~もう一つの天文観測所~

2017年4月20日(木)放送

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周公旦が「天地の中心」を知るために作った「周公測景台」から20メートルほどの場所に、「観星台」というもう一つの天文台がある。元王朝時代の1279年に作られた。これを作ったのは、天文学者の郭守敬。彼は中国全土に観測所を設け、1年の長さを365.2425日と計算した。現代の科学的な計測との誤差は何とわずか26秒であった。

第446回「登封・少林寺<2>」
~天地の中心にある「天文台」~

2017年4月13日(木)放送

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この地が「天地の中心」とされたのは、嵩山にある世界遺産の一つ「周公測景台」を作った周公旦という人物に由来する。周は当時の都・鎬京から、中原の中心地で商業の発展した洛陽に遷都しようしていた。ところが反対者が続出。そこで周公旦は、測景台を使って「天地の中心」を見つけ出し、洛陽こそ「天地の中心」に近いと主張。反対者を説得したのである。

第445回「登封・少林寺<1>」
~嵩山に点在する歴史遺産~

2017年4月6日(木)放送

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その遺産は「天地の中心」に築かれた歴史的建築。 この地を敬う多くの人と文化が集まってきた。禅宗の発祥の地にして武術の総本山、少林寺。道教の寺院であり“小故宮”とも呼ばれる中岳廟。儒教の講義が行われた中国四大書院の一つ、嵩陽書院。中国に現存する最も古いレンガ塔、嵩岳寺塔。これらは皆、嵩山を中心に存在している。世界文化遺産「河南登封の文化財"天地之中"」。

第444回「莫高窟<20>」
~莫高窟と王円籙の物語~

2017年3月30日(木)放送

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明時代、敦煌が関の外に置かれたことを機に、莫高窟は人々から忘れ去られていった。再び脚光を浴びたのは、王円籙が石窟内で夥しい数の古文書を発見した西暦1900年。敦煌には世界中から考古学探検隊が押し寄せ、多くの塑像、壁画、文書が世界に散逸した。それらはのちの歴史文化の研究を大きく発展させる。彼の死後、弟子たちはその人柄と業績を称え塔を建立した。

第443回「莫高窟<19>」
~幻の寺が描かれた壁画~

2017年3月23日(木)放送

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10世紀に作られた第61窟には中国仏教の三大霊場の一つ、五台山が描かれている。1937年、梁思成(りょうしせい)という建築家がここを訪れた。長年山西省にある五台山を訪ね、実在すると言われてきた「仏光寺」を探していた彼は、莫高窟の五台山図を見て驚愕する。なんとその仏光寺の場所が記されているではないか!梁思成はこの壁画を頼りについに仏光寺を発見したのである。